飛燕 三式戦闘機

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飛燕 三式戦闘機
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三式戦闘機(さんしきせんとうき)は第二次世界大戦時に大日本帝国陸軍が開発し、1943年(昭和18年)に制式採用された戦闘機である。開発・製造は川崎航空機により行われた。設計主務者は土井武夫、副主任は大和田信である。

ドイツの液冷航空エンジンDB601を国産化したハ40を搭載した、当時の日本唯一の量産型液冷戦闘機である。防弾装備のない試作機は最高速度590km/hを発揮したが、防弾装備や燃料タンク等を追加した量産機では鈍重な戦闘機になり下がり、アメリカ軍に「もっとも食いやすい(つまりアメリカ軍にとっては攻撃し易い)戦闘機」という印象を与えている。基礎工業力の低かった当時の日本にとって不慣れな液冷エンジンハ40は生産・整備ともに苦労が多く、常に故障に悩まされた戦闘機としても知られる。ハ40の性能向上型であるハ140のエンジン生産はさらに困難であり、これを装備する予定であった三式戦闘機二型はわずか99機しかエンジンが搭載できず、工場内に首無しの三式戦闘機が大量に並ぶ異常事態が発生した。そこで星型空冷エンジンを急遽搭載した日本陸軍最後の制式戦闘機、五式戦闘機が生産された。

出典 http://ja.wikipedia.org

【動画】飛燕 三式戦闘機

大日本帝国陸軍 三式戦闘機(飛燕) 連合軍コードネームはTony

飛燕 三式戦闘機 カラー映像1

大日本帝国陸軍 飛燕 三式戦闘機

三式戦闘機「飛燕」。

にて太平洋戦争中に
開発された戦闘機。

制式名称の呼称の由来は皇紀2603年の
制式採用されたためで「03」を採って
三式戦闘機となっている。

ちなみに皇紀2603年は1943年で昭和18年になる。

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